第1話

 時を遡る。

「一人遊びもそろそろ恋愛したら?」

電話の向こうの友人が自慢げにそう言った声が辺りに小さく響いた。

 

始まりはあの一言。

あの頃、まだ学生の頃、夜中に学園都市に住む友人の家を訪問する為、電話をしながら歩いていた。

 

園都市は非常に静かで、ロボットが歩いてるなんて夢みたいなことは全然なく、単なる大都市の郊外に位置した田舎だった。バスが1時間に数本しかない為、友人の住む家迄は駅から15分から30分程度行かねばならなかった。一人遊びはその頃、別の田舎の都市に住んでいたが第一都市に用があるたび、夜行バスに揺られて彼の狭い部屋に泊めてもらうために月に一度は訪ねていた。一人遊びと友人は典型的なオタクだったので毎年コミックマーケットに行ったり、オタク活動に勤しんでいた。オタク活動をするには第一都市はとても魅力的な町であり、今日もまた何度目かの訪問で電気の町を訪ねアニメや漫画の聖地を巡って1日満喫し、当時できたばかりの片道千円近くする学園都市急行に乗って、彼の家に泊まりに行ったのだった。

駅前の店はすでに閉まっており、学園都市の学生が住む住宅街に向けゆっくりと歩きながら、特段何も面白いものもないため、友人に到着時間を告げるために電話し、そのあとの流れで雑談をしながら歩いていた。

彼は高校の頃からの友人で、私たちは特段モテることもない青春時代を過ごし、彼はゲームに、私は部活に青春を費やしたのだった。

その後各々別の大学に進学し交流は続いていたのだがやはり長い受験戦争の果ての大学生活、暇をもてあませば男子たるもの恋愛したいと思うのがごく一般的発想であった。

電話越しの話によれば、友人は一人遊びに先んじて恋愛活動を開始しめでたく、女性との逢瀬を開始したようだったがどうやら、その女性が非常に厄介な女性らしく、友人ともいい感じになりつつ、別の男子学生とも恋仲であったようだった。その恋愛体質の女性に振り回されつつもはじめて逢瀬を重ねる女性にウキウキと心を踊らせながら声を弾ませて言われたのが冒頭の一言だった。恋愛しろよ、と。

その時分まで硬派を決めて生きてきた一人遊びは、中高と共学ではあったが全く恋愛に興味はなく、例えば高校時分に男子校に練習試合に行った折、拗らせた溢れ出る恋愛欲、或いは単なる性欲を元に文化祭でラーメン屋台をやる店名を「Theーメン」などとする変態的発想の男たちを心底軽蔑していた程度には性欲に脳を支配された男達を馬鹿にしていたものだった。そもそも色恋などというものはうんたらかんたらで時間の無駄であり、世の中にはそれよりももっと素晴らしいくて価値あることが山ほどあり、そんなものに支配される人生は大変に残念なものであると思っていた。そんな中偉大な物理学者と言われるホーキンス博士が自分の残した物理理論を差し置いて解けなかった謎は女性だとのたまわった日には、ついに大英帝国の大博士も晩年のニュートン卿の如く気でも触れたかと思ったものであった。しかしながら、一生同じような価値観を持って歩んでいくと思えた馴染みの友人から、後から考えればどんぐりの背くらべに過ぎない恋愛の経験値の差を持って謂わゆるマウンティングのような一言を言われた日には、なかなか晴天の霹靂のような心地がしたものだった。同時に自分の中にそのような浮いた話が全く持ってこれまでなく、さしずめラノベのハーレム系主人公のようにバッキバキにフラグを折っていたような節がなかったわけでもないと、後になって思わないこともないが(いやそんなこともないか)、彼の一言にまるで月とスッポンのような人生の経験値の差を突きつけられたような気がして、同時に忘れ果てていた夏休みの宿題を31日に気付いたかのような、人生で残してきたクリアしなければならない課題のような気がして、一抹の悔しさと焦りと、その経験値の差を一気に取り戻したいという浅はかさから咄嗟にその時、苦し紛れに答えたのがこの一言であった。

 

「いや俺が恋愛するなら町でナンパでもしてやるよ」

と。

 

続く...